大阪地方裁判所 平成7年(ワ)498号 判決 1997年6月13日
原告
甲野一郎
右訴訟代理人弁護士
中澤洋央兒
被告
乙川二夫
右訴訟代理人弁護士
山本健司
児玉実史
主文
一 被告は、原告に対し、金五一二万一三六二円及びこれに対する平成五年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、五三四八万四六七三円及びこれに対する平成五年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、海上でサーフボードに座って波待ちをしていた原告が、被告のウインドサーフィンに衝突され、左側上顎骨骨折、左頬部裂傷等の傷害を負ったとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求をした事案である。
一 争いのない事実及び証拠により容易に認定される事実
1 原告(昭和四二年八月二一日生)は、平成三年三月に福岡県内の大学を卒業し、以後一年間は、定職につかずに、在学中に始めたサーフィンをして過ごし、その後平成四年四月から大阪府内の繊維問屋に就職したが、一年後の平成五年三月に退職し、同年四月から、同年一〇月に開催予定のサーフィン大会に出場するため、福岡市東区の三苫海岸先の海上(以下「本件海上」という。)において再度サーフィンの練習をするようになった(原告本人)。
2 事故の発生
原告は、平成五年一〇月八日午前一一時ころ、本件海上において、サーフボードに座って波待ちをしていたところ、前方からきた被告のウインドサーフィンと衝突し、右ボードが原告の左頬部に当たった(以下「本件事故」という。)。
3 原告の治療経過
原告は、本件事故後、次のとおり入通院して治療を受けた(甲一ないし三、五、六、八ないし一〇、一三、一五、一六、原告本人)。
(一) 和白病院
平成五年一〇月八日から同月一五日まで(八日間)入院(左頬部裂傷、左側上顎骨骨折の治療のため、なお、その間、上顎骨非観血的整復術施行)同月九日から一四日まで(実通院日数六日間)通院(歯科治療のため)
(二) 新千里病院
平成五年一〇月二八日から同年一二月一五日まで(四九日間)入院(左側上顎骨骨折、左側上顎小臼歯・大臼歯脱臼の治療のため、なお、その間、上顎骨折観血的整復術施行)
(三) 大阪大学歯学部附属病院
平成五年一〇月二二日から平成七年四月一九日まで(実通院日数四〇日間)通院(左側上顎骨骨折等の治療のため)
平成六年六月二四日から同年七月四日まで(一一日間)入院(左側上顎骨骨折等の治療のため、なお、その間、プレート除去手術施行)
(四) 真正会病院
平成六年一〇月一八日から平成七年六月二九日まで(実通院日数三二日間)通院(頸部捻挫、腰部捻挫、右根性坐骨神経痛等の治療のため)
(五) 松尾歯科医院
平成六年一二月一三日から平成七年五月二日まで(実通院日数一三日間)通院(歯髄壊死、急性歯髄炎、前装鋳造冠着色不適合、レジン充填着色不適合等の治療のため)
4 治療費等の支払
被告は、原告に対し、治療費、交通費、雑費として五九万二五六三円を支払った。
二 争点
1 被告の過失及び過失相殺の適否、過失割合
2 原告の傷害と本件事故との間の因果関係の有無、本件事故による後遺障害の有無、内容、程度
3 損害額
三 争点に関する当事者の主張
1 被告の過失及び過失相殺の適否、過失割合について
(一) 原告の主張
本件事故は、サーフィンとウインドサーフィンの遊戯区域が慣習上明確に区分けされた海上において、被告が、サーフィンの遊戯区域内に、急制動の困難なウインドサーフィンを乗り入れ、同区域内で波待ちのためサーフボードに座って静止していた原告の方へ漫然と進行したため発生したものであり、被告の一方的な過失によるものである。
(二) 被告の主張
本件海上においては、サーフィンとウインドサーフィンの遊戯区域が原告主張のように明確に区分けされていた事実はない。
サーフィンの遊戯者が、ウインドサーフィンとの衝突を予見することは可能であり、海上で波待ちしていた原告も、ウインドサーフィンの存在、接近に注意し、ウインドサーフィンの接近を察知した場合には、声を掛けて相手方の進路を変更させたり、自ら進路を変更したり、あるいは海に飛び込む等、衝突回避のための措置を講じるべきである。
しかるに、原告は、右注意義務等を怠り、岸から五〇メートル以上離れた沖合において、マストの高さが四メートル以上もある被告のウインドサーフィンが左斜め前方から接近してくることに直前まで気付かず、また衝突回避の措置も講じなかったのであり、原告には本件事故の発生について、重大な過失がある。
したがって、被告の過失割合が五〇パーセントを超えることはない。
2 原告の傷害と本件事故との間の因果関係の有無、本件事故による後遺障害の有無、内容、程度について
(一) 原告の主張
本件事故による傷害、後遺障害の内容、程度は次のとおりである。
(1) 原告は、本件事故により、左側上顎骨骨折、左側上顎小臼歯・大臼歯脱臼、左側顔面知覚麻痺等の傷害を負い、平成七年四月一九日に症状固定したが、なお、左側上顎大臼歯部の口腔前庭が浅い、同部頬粘膜の緊張、受傷部のひきつり、同部の頑固な鈍痛感等の障害が残り、このため健常者と同じような強さや速さで食物を咀嚼することができないものであり、右は、自賠法施行令第二条別表後遺障害等級表(以下「等級表」という。)第一〇級二号の「咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの」に該当する。
(2) 原告は、本件事故により、左頬部裂傷の傷害を負い、現在も、同部に長さ五センチメートル、幅五ミリメートルの醜い傷痕が残っている。
右傷痕は、等級表第一四級一一号の「男子の外貌に醜状を残すもの」に該当する。
(3) 原告は、本件事故により、頸部捻挫、腰部捻挫、右根性坐骨神経痛の傷害を負い、平成七年四月二七日に症状固定した。
しかし、頸部痛、腰部痛が後遺障害として残り、首の後ろが常時重く筋が張ったような状態が続いており、重い荷物の積み卸しができない状態である。
右障害は、等級表第一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。
(4) 原告は、本件事故により五歯を喪失し、三歯の神経を壊死させるという傷害を負い、右のうち五歯について歯科補綴を加えたが、右は等級表第一二級三号の「七歯以上に対し歯科補綴を加えたもの」に該当する。
(二) 被告の主張
(1) 原告が本件事故により、左側上顎骨骨折、左側上顎小臼歯・大臼歯脱臼、左側顔面知覚麻痺等の傷害を負ったことは認めるが、これにより咀嚼機能に影響を与えるような後遺障害が残った事実はない。
(2) また、原告が本件事故により、左頬部裂傷の傷害を負ったことは認めるが、現時点では、右による傷痕は目につかないものであって、後遺障害とはいえない。
(3)ア 腰痛症、腰部捻挫について
原告は、腰痛の概往症を有し、本件事故以前から腰痛で真正会病院に通院していたのであり、原告主張の腰部痛(腰部捻挫)は、右既往症によるものにほかならず、本件事故との因果関係はない。
イ 頸部捻挫について
原告が頸部捻挫について治療を受けたのは、本件事故後一年以上経過した後であり、本件事故後二か月間には、他覚的症状は一切なく、ごく軽微な自覚症状があっただけなのであって、右傷害と本件事故との間に因果関係はない。
ウ 坐骨神経痛について
坐骨神経痛についても、真正会病院への通院開始から一か月近く経った平成六年一一月一四日に初めて診断がなされているもので、他覚的な異常もなく、腰が重い、目まい・頭重感がある等の自覚症状にすぎないことをみても、本件事故との間に因果関係はない。
(4)ア 原告が、本件事故により喪失したとする五歯のうち、四歯については、そもそも喪失の事実がない。
また、残りの一歯の喪失についても、平成五年一〇月二二日の大阪大学歯学部附属病院での初診時には、喪失とはされておらず、本件事故とは因果関係がない。
イ 本件事故により、原告が、二歯について歯髄壊死の傷害を負った点は認めるが、右二歯について歯科補綴が行われた事実はない。
また、残りの一歯は、事故前からう蝕が発生しており、右う蝕の進行により歯髄壊死が生じたもので、本件事故とは因果関係がない。
3 損害額について
(一) 原告の主張
原告は、本件事故により、次のとおりの損害を被った。
(1) 治療費 三〇万円
原告は、被告から治療費等として受け取った五九万二五六三円のほか、松尾歯科医院に対し、五歯の歯科補綴料(自由診療)として、三〇万円を支払った。
(2) 休業損害 六六八万四七〇一円
原告は、本件事故当時、二六歳で無職であったものの、実父の経営する運送会社を継ぐための準備として、運送会社に就職するために求職活動を行っており、その後本件事故による傷害の治療のため、就業することができない状態が続いていた。
しかし、平成七年四月一日からは、実父の経営する大阪市住之江区所在の大阪流通センター内の○○株式会社に就職したものであり、したがって、本件事故当日の平成五年一〇月八日から平成七年三月三一日までの休業期間中、平成五年度の賃金センサスによる二六歳の新制大学卒業の男子の平均年収(四四九万三四〇〇円)を基準とした休業損害を認めるべきである。
(3) 入通院慰謝料 二一〇万円
原告は、本件事故による傷害の治療のため、平成五年一〇月八日から平成七年三月一〇日までの間入通院を余儀なくされた(入院のべ日数六八日間、実通院日数八五日間)。
右についての慰謝料は、二一〇万円が相当である。
(4) 逸失利益三四〇三万七七二九円
前述のとおり、原告は、複数の後遺障害を負ったものであり、原告の後遺障害を総合すると、等級表第九級に該当すると考えるのが相当である。
したがって、原告の逸失利益は次のとおりとなる。
①年収 四四九万三四〇〇円
(平成五年度の賃金センサスによる新制大学卒業の男子の平均年収)
②労働能力喪失率 三五パーセント
③症状固定時 平成七年四月二七日
④症状固定時の年齢 二七歳
⑤労働可能年齢 六七歳
⑥労働能力喪失期間 四〇年
⑦四〇年の新ホフマン係数
21.643
(計算式)
449万3400円×0.35×21.643=3403万7729円
(5) 後遺障害慰謝料 五五〇万円
(6) 弁護士費用四八六万二二四三円
(二) 被告の主張
(1) 治療費について
歯科補綴に関し、仮に因果関係が認められるとしても、右は自由診療によるものであり、本件において、自由診療によって歯科補綴を行う必要性はなく、原告は、右治療費を被告に請求することはできない。
(2) 休業損害について
原告は本件事故当時無職であり、また、本件事故後に就労する蓋然性も認められなかったので、休業損害は認められない。
(3) 入通院慰謝料について
原告主張の通院期間のうち、真正会病院及び松尾歯科医院への通院については、前述のとおり、いずれも本件事故とは因果関係がない。
また、和白病院への通院は、すべて同病院への入院期間中のものである。
さらに、大阪大学歯学部附属病院への通院中、平成五年一〇月二八日と同年一二月一五日の通院は新千里病院入院期間と重複するものであるし、その後の通院期間についても、通院の間隔が著しく空いているものがあり、その通院の必要性については疑問がある。
以上によれば、本件事故との因果関係を認めうる入通院は、入院六八日間、通院約五か月間と見るのが相当である。
(4) 逸失利益について
前述のとおり、本件事故との因果関係を認めうる後遺障害は、二歯の歯髄壊死のみであるところ、右は賠償を要する後遺障害とはいえず、本件における逸失利益はない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(被告の過失及び過失相殺の適否、過失割合)について
1 前記争いのない事実等、証拠(乙一、三、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様は次のとおりである。
(一) 本件事故が発生した三苫海岸は、玄海灘と福岡湾とを画する砂洲状の半島の玄海灘側に面する遠浅の砂浜であり、適度な波風があることから、サーフィン及びウインドサーフィンのいずれにも適した場所である。
本件海上付近では、サーファーは、岸に近い場所で、ウインドサーファーは、さらに沖合で遊戯することが比較的多かったが、サーフィンとウインドサーフィンの遊戯区域が明確に区分けされていたわけではなく、現にウインドサーファーが岸に近いところで遊戯をすることもあり、特にファンボードと呼ばれるやや小型で波乗りを楽しむことをも目的とするウインドサーフィンの場合には、サーファーが遊戯をしている場所と同じ区域で遊戯することがあり、そのために双方の間で紛争が生じることもあった。
(二) 原告は、平成五年一〇月八日午前一一時ころ、本件海上の岸から約五〇メートル沖合(以下「本件現場」という。)において、サーフボードにまたがった状態で、沖の方を向いて波待ちしていた。なお、本件現場付近には、原告のほかにも、波に乗ったり、波待ちをしていたサーファーが多数いた。
当日は、北東の風が風速約一二ないし一五メートルで吹いており、波は腰から胸あたりの高さであった。
(三) 被告は、4.6メートルのマストのついた前記のファンボードというウインドサーフィンに乗って、沖から岸に帰ろうとしていた。
その際、被告は、沖の方へ向かう時に、別紙図面記載のA点(以下「A点」という。)付近に、サーファーがいることを確認していたため、当日は北東の風で、ウインドサーフィンを風上方向に進行させることが困難ということもあり、サーファーのいないA点より数十メートル南側を進行した。
そして、被告は、本件現場付近にさしかかった時に、波間にサーファーがいるのに気付き、これを避けようとして急遽風下の方向へ進路を変更したところ、沖の方を向いて波待ちをしていた原告と衝突し、その際、被告のウインドサーフィンのボードの先端が原告の左頬に当たった。
2 以上認定の事実によれば、本件現場付近は比較的海岸に近く、多数のサーファーの存在が予想される区域であるから、ウインドサーフィンの遊戯者である被告は、ウインドサーフィンの急制動が困難という特質を考慮の上、サーファーと衝突しないよう、サーファーの有無を十分に確認し、サーファーが存在しない場所を進行すべきであったのにこれを怠り、沖の方へ向かう時に確認したサーファーの位置を前提に、もはやA点より南側にはサーファーはいないものと考え、特段の注意を払うこともなく、漫然とウインドサーフィンを進行させた過失により本件事故を起こしたものであるから、被告には大きな過失があったといえる。
よって、被告は民法七〇九条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務を負う。
3 もっとも、本件現場付近には、本件事故以前からウインドサーフィンが進入してくることがあり、原告自身、以前からウインドサーフィンとの衝突の危険性を感じていたというのであるから(原告本人)、原告も波待ちの際にはウインドサーフィンの動向に十分注意すべきであったというべきである。
本件においては、被告のウインドサーフィンは、原告の前方から接近しており、当日の波のうねり等の事情を考慮したとしても、被告のウインドサーフィンには4.6メートルのマストがついていたことからすれば、原告は、より早期に被告のウインドサーフィンの接近に気付き、危機を回避することも不可能ではなかったと考えられるのに、実際には、本件事故の二、三秒前に初めて被告のウインドサーフィンに気付いたというのであるから(原告本人)、原告にも前方不注意の過失があったといわざるを得ない。
したがって、過失相殺を行うのが相当であるが、原告の過失割合は、本件事故の態様、ウインドサーフィンとサーフィンの機動性等、その特性の差異、双方の過失の内容等を考慮すると、一割五分と認めるのが相当である。
二 争点2(原告の傷害と本件事故との間の因果関係の有無、本件事故による後遺障害の有無、内容、程度)について
1 左側上顎骨骨折等について
原告が、本件事故により、左側上顎骨骨折、左側上顎小臼歯・大臼歯脱臼、左側顔面知覚麻痺等の傷害を負った事実は当事者間に争いがない。
そこで、原告主張の後遺障害について検討するに、証拠(甲五、一五、原告本人)によれば、原告は、大阪大学歯学部附属病院において、左側上顎大臼歯部の口腔前庭が浅く、同部頬粘膜が緊張しているという障害を残して平成七年四月一九日、症状固定の診断がなされ、原告の頬には、今なおひきつり感や鈍痛があり、そのために強く歯をくいしばることができず、やや話しづらい状態であることが認められる。
ただし、右後遺障害により、咀嚼機能が著しく低下したと認めるに足りる証拠はない。
2 左頬部裂傷について
原告が、本件事故により左頬部裂傷の傷害を負った事実は、当事者間に争いがない。
そして、証拠(甲一五、検甲一、二、原告本人)によれば、原告の左側頬部に、長さ約四センチメートルの傷痕が残っていることが認められる。
3 頸部捻挫等について
(一) 証拠(甲六、甲七の一ないし五、甲八、九、乙六、七の一、二、乙八の一ないし三、原告本人)によれば次の事実が認められる。
(1) 原告は、本件事故以前から腰部痛があって、そのためにサーフィンを一時断念したことがあり、本件事故前の平成五年九月一三日にも、右腰部痛治療のため、真正会病院に通院していた。
(2) 原告は、本件事故による傷害の治療のために和白病院に入院中、平成五年一〇月一二日ころから左頸部痛及び右腰部痛を訴えてはいたが、神経学的検査等においては、特に異常は認められなかった。
(3) その後原告は、新千里病院入院中にも、左頸部痛や立ちくらみを訴え、同病院において、外傷性頸部症候群と診断されたが、神経学的検査等においては異常は特に認められず、治療についても、内服薬の服用を指示されたのみである。
(4) さらに原告は、平成六年一〇月一八日より、頸肩障害、腰痛症の治療のため、真正会病院に通院し、温熱療法、牽引療法等の理学療法による治療を受けたが、原告が坐骨神経痛の診断を受けたのは平成六年一一月一四日になってからであり、平成七年四月二七日、頸部痛、腰部痛の残存したまま症状固定の診断を受けた。
そして、原告は、右症状固定後も、首筋が突っ張ったり、重い荷物を持つと腰に痛みを感じたりしている。
(二)(1) 以上認定の事実によれば、原告は、本件事故以前から比較的重い腰痛の既往症を有していたものであり、右事実と本件事故の態様がウインドサーフィンのボードが原告の左頬に当たったというもので、腰部への直接的な衝撃があったわけではないこととをあわせ考えれば、原告主張の腰部痛と本件事故との因果関係は認められない。
(2) また、坐骨神経痛についても、本件事故後一年以上経過したころからその痛みを訴えるようになったもので、真正会病院へ通院する際も、当初は坐骨神経痛の存在について、特段指摘もしていなかったこと、そして右同様、本件事故の態様に鑑みると、本件事故との因果関係は認められない。
(3) もっとも、頸部痛については、本件事故直後より自覚症状が存在していたこと、本件事故以前に、原告に頸部痛が存在した事実は窺われないこと、そして本件事故の態様をあわせ考えると、本件事故との因果関係を認めることができる。
ただし、前記認定の頸部痛の症状及び治療内容に鑑みると、右は、残存しているとはいえ「頑固な神経症状」とまではいえず、せいぜい「局部に神経症状を残す」程度のものとみるのが相当である。
4 歯科補綴
(一) 原告は、本件事故により、〓(記号及び番号の説明は、別紙説明図のとおり)の五歯を失ったと主張するところ、確かに証拠(甲一六)によれば、原告が松尾歯科医院において、右五歯につき歯冠補綴処置を受けたことは認められる。
しかしながら、甲一六号証によれば、〓については、本件事故前から既存障害の存した歯であり、乙九号証の一、二によれば、大阪大学歯学部附属病院においては、右五歯に破損等の異常は認められていないこと、そして、平成七年一月一二日付、同年七月一日付の松尾歯科医院の診断書(甲一〇、一三)においては、〓につき前装鋳造冠着色不適合のため、〓につき、レジン充填損着色不適合のために歯冠修復処置を行った旨の記載があり、右処置は歯が喪失したために行われた歯冠補綴処置とは思われないことからすると、本件事故により原告が右五歯を喪失したことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
(二) また、原告は、本件事故により〓の歯につき歯髄壊死が生じたと主張し、甲一六号証にも、右歯髄壊死の原因は、本件事故による口腔内清掃不良が原因でカリエスが進行したことにある旨の記載がある。
しかしながら、証拠(乙九の一)によれば、右歯については、本件事故直後(平成五年一〇月二二日)に、大阪大学歯学部附属病院において、生活反応値(EPT)が、+6と相当鈍くなっていると診断されていることからすると、本件事故後の口腔内の清掃不良が原因で右歯の歯髄壊死が生じたものとは思われず、右と本件事故との間に因果関係があることを認めることはできない。
(三) 本件事故により、〓の二歯につき、歯髄壊死が生じた事実については、当事者間に争いがない。
しかしながら、右二歯につき歯科補綴がなされたことを認めるに足りる証拠はない。
三 争点3(損害額)について
1 各損害額
(一) 治療費 五九万二五六三円
原告が、本件事故による治療費として五九万二五六三円を要したことは当事者間に争いはない。
原告は、右治療費のほか、本件事故により喪失した五歯の治療費として三〇万円を要した旨主張するのであるが、前述のとおり、本件事故により右五歯を喪失したことを認めるに足りる証拠はないから、右治療費を本件事故によるものと認めることはできない。
(二) 休業損害
二一〇万八七一一円
前記認定の事実、争いのない事実等及び証拠(甲一七、一八、二〇の一ないし三、二一の一ないし三、原告本人)によれば、原告は、平成四年四月から一年間は大阪府内の繊維問屋に就職し、収入を得ていたが、平成五年三月末日に退職し、以後本件事故発生までの間は、無職で全く収入がなかったこと、しかしながら原告は、平成六年に結婚することとなっていたこともあって、平成五年一〇月に開催予定のサーフィンの大会終了後は、原告の実父が経営する会社と同業の運送会社に就職し、いずれは実父の会社を継ぐ予定であったこと、本件事故のためサーフィン大会に出場できず、また直ちに就職することもできなかったが、平成七年四月一日からは、実父経営の運送会社に就職し、一か月平均二八万五〇〇四円(一円未満切り捨て)の収入及び年間二八万円の賞与を得ていることが認められる。
右事実によれば、原告は本件事故当時は無職であったものの、就労の能力も意思も十分にあり、実父経営の会社に就職する蓋然性は高かったというべきであるから、少なくとも平成六年一月一日から月額三〇万円程度の収入を取得できた可能性は認めることができる。
ところで、原告は、運送会社で就労を開始した平成七年三月三一日までの全期間を通じての休業損害を主張するのであるが、乙九号証の二によれば、原告には、親戚の病気を理由に二か月以上全く通院していない時期があること、そのため上顎洞内の症状が悪化し、治療が長期化することになったことが認められる上に、前記認定の本件事故による原告の傷害の内容、程度、治療経過、入通院状況等をあわせ考えれば、前記の全期間について一〇〇パーセントの休業損害を認めることは適当とは思われず、本件事故による休業損害は次のとおりとするのが相当である。
(1) 平成六年一月一日から同年八月三一日までのうち、入院期間(一一日間)については、一〇〇パーセント、その余の期間(二三二日間)については、六〇パーセント
(2) 同年九月一日から平成七年三月三一日までの間(二一二日間)は三〇パーセント
よって、右合計額二一〇万八七一一円(一円未満切り捨て)を休業損害と認める。
(三) 入通院慰謝料 一五〇万円
前記認定の本件事故と因果関係のある傷害の内容、程度、治療内容、治療期間等の事情を考慮すると、入通院慰謝料は、一五〇万円をもって相当と認める。
(四) 逸失利益四九万一五八〇円
前記認定の後遺障害のうち、原告の左頬に生じた傷痕については、その程度、原告の職業等からして、労働能力に影響を与えるものではないと考えられるので、右障害については、後遺障害慰謝料で考慮することにする。
そこで、原告のその余の後遺障害の内容、程度、現在の原告の症状、原告の職業等を総合考慮すると、原告は、右障害がすべて症状固定となった平成七年四月二七日から三年間、その労働能力を五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。
そして、原告は、右症状固定時から三年間は、前記認定の月額三〇万円程度の収入を取得し続ける蓋然性が高いというべきであるから、新ホフマン方式により、年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益を算定すると、次のとおり四九万一五八〇円となる。
30万×12×0.05×2.731=49万1580円
(五) 後遺障害慰謝料一五〇万円
前記認定の原告の後遺障害の内容、程度及び前項の傷痕等を考慮すると、後遺障害慰謝料は、一五〇万円をもって相当と認める。
2 過失相殺及び損害の填補
右損害合計額(六一九万二八五四円)につき、前記のとおり一割五分の過失相殺を行うと、五二六万三九二五円(一円未満切り捨て)となり、これから前記既払治療費等を控除すると、四六七万一三六二円となる。
3 弁護士費用
本件事案の内容等一切の事情を考慮すると、弁護士費用は、四五万円を相当と認める。
四 以上によれば、原告の請求は、五一二万一三六二円及びこれに対する不法行為の日である平成五年一〇月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判長裁判官竹中邦夫 裁判官森冨義明 裁判官村主幸子)
別紙<省略>